京都大学 大学院工学研究科 電気工学専攻 生体医工学講座 生体機能工学研究室

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研究紹介

神経磁場を検出する機能的MRIの開発

神経活動を計測する手法には、脳波計測を初めとして様々な手法があります。身体を傷つけない非侵襲的な計測手法に着目すると、 そのアプローチは大きく次の2つに分けることが出来ます。

  1. 電気生理学に基づく計測手法
  2. 神経活動に伴う代謝に基づく計測

まず、最初の手法では脳波計測や脳磁界計測がこれに該当し、興奮性シナプス後電位に基づく頭皮上での電位変化や磁束密度の変化を計測しています。 これらの手法は時間サンプリングが十分に高く、何らかの刺激を呈示した後、 いつ神経活動が生じたのか知るには強力なツールです。 その一方で、「頭皮上」で計測するために、その活動がどこで発生したのかを知ることは容易ではなく、逆問題解析と呼ばれる手法を用いて信号源を推定する必要があります。そのため、どこで発生したのかは逆問題推定の精度に大きく依存します。

このように、非侵襲的な脳機能計測においては時間と空間の解像度がトレードオフの関係になってしまっています。そこで、電気生理学に基づく現象をMR画像上で計測できると今までの問題が解決できると思いませんか?

我々は、スピンロックシーケンスと呼ばれるパルスシーケンスを用いて、神経磁場がいつ・どこで起きたのか高分解能で分かる新たなfMRIの開発に取り組んでいます。

スピンロックシーケンスではMRIの基本的な物理現象である核磁気共鳴現象を用いて神経磁場をMR画像のコントラストに落とし込んでいます。語弊を恐れずに簡単化して説明すると、核磁気共鳴現象は、静磁場によって励起された磁化に決まった周波数の電磁波(RFパルス)を、静磁場とは垂直平面に印加すると生じる物理現象で、磁化は静磁場から段々と歳差運動を伴いながら倒れていきます。これを、一度RFパルスで90°倒した磁化に同じ方向にスピンロックパルスを印加します。すると、スピンロックパルスはちょうど静磁場のような役割を果たします。そこで、スピンロックパルスと垂直方向に神経磁場が生じると、先程と同じく磁化はスピンロックパルスから歳差運動を伴いながら倒れていきます。このようにして、磁化に神経磁場の影響を与えることで、MR画像にコントラストを与えます。

このスピンロックシーケンスを用いた神経磁場計測は2008年にWitzel氏らによって提案されました。我々はこの手法における磁化の挙動解析やファントム実験、画像化シミュレーションを通じて、手法そのものの有効性や改善策を模索するとともに、従来のfMRIではできない低磁場・超低磁場MRIを用いた脳機能計測に挑戦しています。具体的には以下の4つの成果を上げています。

  1. 磁化挙動を記す微分方程式であるBloch方程式の解析解を導出し、挙動には2つのモードがあることを発見
  2. 0.3-T MRIにおけるファントム撮像実験を通じてspin-locked Mz法で2.34 nTの磁場を検出
  3. 計測対象磁場が静磁場方向から傾いたとき、その角度が計測にもたらす影響
  4. GPGPUを用いたスピンロックシーケンスを含む画像化シミュレーションの開発

現在は、機械学習などの技術を用いて静磁場の低磁場化に伴う画質の低下を保証し、ヒトの神経磁場計測の手法を検出できる磁場検出限界の改善に取り組んでいます。

図1 Stimulus-induced rotary saturation (SIRS)[1] を用いた場合における磁化ダイナミクスと、 振動磁場によるコントラスト変化。 SIRS法では磁束密度が大きくなると、輝度値が小さくなる。 ファントム画像ではループコイル内の輝度が段々と小さくなっているのが分かる。

関連する解説と最近の論文

  • [1] T. Witzel, F.-H. Lin, B.R. Rosen, L.L. Wald, "Stimulus-induced rotary saturation (SIRS): a potential method for the detection of neuronal currents with MRI", Neuroimage Vol. 42, No. 4, pp. 1357–1365, 2008.
  • [2] H. Ueda, H. Seki, Y. Ito, T. Oida, Y. Taniguchi, T. Kobayashi, "Dynamics of magnetization under stimulus-induced rotary saturation sequence.", Journal of magnetic resonance, Vol. 295, pp. 38-44, 2018
  • [3] H. Ueda, Y. Ito, T. Oida, Y. Taniguchi, T. Kobayashi, "Detection of tiny oscillatory magnetic fields using low-field MRI: A combined phantom and simulation study.", Journal of magnetic resonance, Vol.319, 106828, 2020
  • [4] H. Ueda, Y. Ito, T. Oida, Y. Taniguchi, T. Kobayashi, "Magnetic resonance imaging simulation with spin-lock preparations to detect tiny oscillatory magnetic fields", Vol.324, 106910, 2021